企画準備中 

詩集 雨野では 藤子じんしろう著  
7月2日発売予定
熊本在住の詩人、藤子じんしろう氏の分厚い原稿の束が届いたのは、弥生の梅を観るじぶんだったと記憶する。編集は詩人の津留清美氏(トメアスの月著者)が担当なので気楽に考えていたが…、細やかに神経の行き届いた仕事が始まると、それに伴って走り回る役目もあるわけで、楽とはほど遠い日々がまた始まった。予定調和でないところなど詩人という人種には快楽であるかもしれないが凡人にはそうはいかない…ピリピリする時間を過ごしながら、ようやくここに発売日を記すことができるまでになって、少しだけ肩のこわばりがほぐれる思いである。詩人に年齢を云々するのは野暮なことかもしれないが、西日本で詩を詠まれる人の中で長老格の重鎮である藤子氏の経歴を一切伏せ、詩だけを味わうとそこには若々しい青年が旅をし、あるいは目の肥えた熟年の男がつぶやき、立ち尽くす影がある。ファッションエディターならとびつきそうな言葉が光を浴びておいでおいでと招いている。その煌めきに釣られてうかうかしていられないところが、やはりというか当然といおうか。抜け出せない沼地と地吹雪とキリキリと肌を裂く風や雨粒が渦巻く荒れ地に迷いこんでしまう。人生そのもの。
圧倒する詩の量は、藤子さんの軌跡なのだが、読者もまたその旅の中にいる幻惑にかられる。編集者の津留氏ほど深い読みはできないが、編集作業を経ていくうち「雨野では」のタイトルの意味が鈍感な我が身にも感じられるようになり、詩集を手にすることのできる喜びをまた予感している。この詩集を弊社から出版できることは幸いなことであると思う。無事に刊行できる日まで油断は禁物だが…(5.23)


『先代旧事本紀大成経伝(四)神教経 (仮題)』
シリーズ先代旧事本紀大成経伝の四巻目を準備中。底本72巻のうち肝にあたる経教本紀の中でも最も難解かつ重要なのがこの神教経である。これを出せれば後は楽というのは編著者の安齋氏の弁だが、4月刊行予定で編集が進んでいる。ご期待のほど、よろしくお願いします。(1.31)



『津留清美詩集 トメアスの月』 11月上旬発売予定
熊本在住の詩人 津留清美氏の3冊目にあたる詩集。この仕事をとても光栄に思っている。
なぜなら津留氏は…、ほぼ絶滅危惧種に近い存在と言っておわかりいただけるだろうか、表現者ならば自意識の塊のようであってもとがめられることはないがその逆で、穏やかでつつしみ深く自分のことを話されない。のみならず国民総活躍等と政府が先頭切って言い出すくらい目立ち活躍することを是とする世情にあって、まるで賢治のでくのぼうの如く自我を投げ出して他人のために苦悩し、走り回る道を選ばれている。縁の下の仕事を厭わず、小さな積み重ねの日々に喜びさえ見出されている風であった。津留氏を詩人と知らないままに懐くように周囲に人が集まる。しかしその胸の奥にたぎり溢れる抒情があることに気づかれることなく、光のあたらない方へ寄り添い続けられている。
 書き溜められた詩の原稿を預かり、出版の約束をとりつけるのは一苦労であったし、当然責任も感じている。十八年ぶりの新しい詩集は前作「業とカノン」に描かれた因果が解かれさらに高く昇華していく詩想(思想)となった。厳しさの中に美しい世界が垣間見える。
発売記念イベント「トメアスを知っていますか 歌と朗読のゆうべ」もあり周囲の期待も膨らむ中、編集作業も大詰めとなった。(9・14)


3弾目になった先代旧事本紀大成経伝が、校正を重ねてようやく印刷に入ることができてほっとしたが、次回刊行の準備が平行して進んでいる。次は古伝シリーズからずいぶん離れて今をテーマにしたものだ。
しかし、今、ではあるが、今ではない。
今は今に始まっているのではないことは、古伝に書かれたことが現代に通じていることでわかるが、人は書かれていないことは忘れるものである。
忘れてはならないことを、忘れようのないことを、あるいは忘れられてしまっていることに、一筋の光を注いだ本が生まれようとしている。ジャンルは違えども、テーマは同じである。心に沁み透る本に仕上げたい。
著者名とタイトルを早くお知らせできるよう努めます(10月下旬刊行予定)。
皆さま、乞うご期待を。(2017.8)